あらゆる表現は本質的に自由であるべきか否か

三題囃子スレに投下。ID: mRmlWE7Eが俺。

266 名前: 創る名無しに見る名無し Mail: sage 投稿日: 2009/06/27(土) 19:18:24 ID: Ki5HSlL/
次のお題いきましょうか
「法律」
267 名前: 創る名無しに見る名無し Mail: sage 投稿日: 2009/06/27(土) 19:55:41 ID: AtPVGuH4
タブー
268 名前: 創る名無しに見る名無し Mail: sage 投稿日: 2009/06/27(土) 20:55:56 ID: BAKMsOeS
「誰?」
269 名前: 波浪 Mail: sage 投稿日: 2009/06/27(土) 23:54:01 ID: mRmlWE7E

「波浪」

 墓場の蓮向かいで酒宴が行われていた。すぐ裏には海が広がっており、夜明けを待つ暗がりの中に波の音と月明かりが錯綜を醸し出す。
 住職が帽子を取って席に着いた時、宴の席は一瞬だけ静まり返った。だが彼の酒戒を質す者はいない。みな、各々の話題に戻る。
「あの法が良いのか悪いのか、私には理解出来ない」
 住職はそう呟いてから、焼酎を煽る。
 月明かりが狭窄な窓間からカーテンを照らし、すぐに雲間に消えた。
「いったい、なぜこんなことを誰もが認めてしまっているのだ」
 おかみがちら、と彼を見る。「誰?」と聞けば良かったのだろうか。彼女はそう考えただけで、すぐに自分の仕事に戻った。
 政府がタブーの意味を紐解いた今、彼の仕事は途端に複雑性を増すだろう。
 民主主義は適切に機能していた。集合体の代表は、まず自殺を合法化し、支援した。無能者の死を有効に活用できる制度が整い、主要交通機関がみだりに停止する事はなくなった。
 続いて、麻薬がいくつか条件付きで認可された。重度の薬物患者はあるラインを境に、自動的に自殺志願者として扱われるようになった。
 ある種の汚らわしい風俗が認められ、増え続けた。街のならずもの達でさえ、立法理念を蔑ろにする事はなかった。
「それでもこの国は、書物を書く事が許されないのだ。なぜだ?」
「代償よ。書けば人々は読んでしまう。書いていれば、今、この国が世界一平和と言われる事はなかったはず」
「犯罪者を数え上げることをやめただけだ」
 おかみがじろりと住職を睨みつけた。
「本を書く事が合法な国にでも移住すればいいんじゃないですか。私はいやですけどね。虚構の中で女性を犯す本が絶対に出てくるのだから」
「そうだそうだ」
 いつしか、ほどよく酔ったサラリーマン達が、真摯な形相で住職を囲んでいた。
「書物は知識の格差を広げ過ぎてしまうし、よこしまな着想を与えてしまう」
「『表現の自由』なんてものは前世紀の遺物だ」
「この国では、記録の自由と意味との訣別が必要だ。和尚、引退して適切な国に移住した方がいい」
 和尚は一同を見回して、二度嘆息した。
「恣意と訣別することを強制させられた社会なんかに、自由はないのだよ」
 ネクタイの緩んだ男達は笑い転げて言った。
「魯鈍者め。そういう事を叫びたいなら出て行けって言っているんだ」
「物語が誰のためになる? 妄想に取り憑かれて、身勝手なドラマを各々が演じ始めて社会が混乱するだけだ」
「ご住職。まさかとは思いますがあなたも少女なんてのを好むクチですか?」
 和尚は力なく頭を振って、おかみに片手を上げてみせた。
「……ごちそうさま。場を乱して悪かったよ」
 
 和尚は海を眺めた。
 そのうちに、感情を表現する方法も失われて行くのだろうか。
 それとも、三度めのバベルの塔が、建設されていくのだろうか。
 老い先短い自分には、それを見守る事はできまい。

 墓場の蓮向かいでは、今日も宴会が行われていた。
 軍靴の音が微かに響く度、波の音に揉まれては消えて行った。